今日も「ごちそうさま」を言いたい

摂食障害・過食嘔吐歴6年、MEC食と出会う。

人としての無力さ。それと管理栄養士の無力さ。

以前、私は特養で管理栄養士をしていました。一人暮らしで、過食嘔吐が一番酷い時でした。なにせチューブでしたから。悪魔の所業だと常々思っていました。

 

当時管理栄養士として私が勤めていた特養では介護士の不足から私みたいな管理栄養士も毎日のように介護の手伝いに駆り出されました。

と言っても、お洋服の着脱や簡単な移乗、食事介助のみでしたけれど。

 

委託の栄養士上がりで現場が好きな私はそれを苦痛とも思いませんでしたし、食事介助もお風呂の着脱も移乗も何もかも、介護のお手伝いは心から楽しくて幸せでした。

認知症の方に殴られようが罵倒されようが、ちっとも嫌じゃないんです。それどころか愛おしくて仕方ない。オムツ交換もさせてさせて欲しいとすら思いました。

一度施設長に打診した時は「管理栄養士はそんなことしない」との旨、断られてしまいましたが。

 

 

私は世間を舐めていました。なまじ高校が善意に溢れてて、大学が食べ物思想で染まってて、初めての職場がそれなりに意識が高かったから。

転職した先に待ち受けていた「人の悪意」っていうものを知らなかったんです。愚かなことでした。

世界は善意で成り立っているとすら思っていました。確信していました。今でも「悪意」という概念にはとても弱いです、私は。つまるところ私はバカなんです。言葉の裏を読めない。

 

「看護師さんが、管理栄養士は介護の手伝いばっかりしててヒマすぎる、こっちの仕事を少しはやってくれと言っていた」とケアマネに言われた時は、鳩尾とか側頭部とかを殴られたようでした。

だって、そんなこと言う看護師さんがいるんだって思わなかった。今でも看護師さんの誰が言ったのか思いつきもしない。私から見ればどの看護師さんとも仲良くやれてた。どの看護師さんのことも大好きだった。

仕事ができて、相談しやすくて。何かあれば返答もするりとしてくれて。とってもいい人たちだった。誰がそんなこと言ったのかなんて確認するのも怖かった。そんなの確認したくもない。だって看護師さんはみんな、それまで親切でいい人たちだったのに。

私はきっと他人に対して、まあなんというか、希望やら夢やら、高校生の時に徹底的に培われた「他者に善意であるべき」という思想を持ちすぎているのだろう。世間って期待してたより、たぶん、他者にたいしてすごく冷たいんだ。それまで知らなかったけど。

 

「世界の裏側で起こってることなんて、私にはきっと関係ない」って少なからず誰もが思ってるだろう恐ろしいことは、もしかしたら電車で乗り合わせただけの隣に立ってる人にも当てはまって、しかも「隣人が死んでも私に関係ない」ぐらいなんだろう。おぞましいけれど。

それは認識の違い。規模じゃない、大差ない。今、この瞬間、会話してる相手が傷ついてもどうでもいい、って人がこの世にはたくさんいるんだ。おぞましいけれど。

それと大差ない程度にくだらない、私の甘ったるい世間への言い訳は、悪意と同じくらいおぞましい。

私が「そんな徹底的な悪意ありえない」と思うぐらい「そんな徹底的な善意もありえない」んじゃいか?おぞましいけれど。

 

そう気づいたら、すごく虚しくて悲しくなった。世界の裏側で死んでる人のニュースをなんの感情なく聞いてご飯食べてる現在の私(高校生の時に嫌悪していた存在)と、すぐ隣の人間を嫌悪して差別する人間(高校生の時に「そんな人種いるべきではない、きっといない」と嫌悪していた存在)は別だと信じていたけど、たぶん同じで。

 

私は、おおよそ私が嫌悪していたはずの「底辺で淀んでいるのような存在」と、あんまり代わり映えのしない存在だった。そのせいで鬱っぽくなったのかなあ?と思います。

悲しいです。今でも、あの、いつでもかっこいい看護師さんたちがそんなことを言ったの?と信じられないです。すごくしっかりしていて、学ぶところがたくさんあって。かっこよくて…。

その方たちが間違ってないとしたら、じゃあ、私の何が間違ってしまったのか?それなら誰か、すっごく厳しい言葉でもいいから教えて欲しかった。罵倒されてもいいから、間違いを正して欲しかった。

だって私は介護が好きだから。どんなに厳しい言葉で殴られても、たぶん、起き上がれる。…と、思うぐらいには、介護が好きだから。

そうして、間違いを犯して。

じゃあ今の私は間違ってない道を選べているのか?明日の私は?三年後の私は?

未来の私は、間違えないで介護ができていますか?その私は介護のことが今と同じくらい好きですか?

考えれば考えるほど、常に恐ろしいです。それでも立ち向かいたいぐらいには、介護が好きだけど。

 

特養の無力な管理栄養士だった頃の私は、あくまで良かれと思って人手不足のお風呂や食事介助の手伝いをしてて。だって特養に勤めているんだもの、介護の手伝いはするべきでしょう。

…いや、それを差し置いても、たしかに管理栄養士なんてヒマだった。だって出来ることなんてあまりに少ないから。無力だった。

それでも「私は少なからず介護を手伝っていた」と思ってしまう甘えをどう克服していけるのか?

私は自分の無力さを呪います。

 

もうひとつ。

暴言や食事拒否があって、骨まで見える仙骨の褥瘡のある方がいました。私は管理栄養士として、というか、一人の人間として…かもしれません。

根気よく声かけをして、時には格闘しつつ笑、毎食一時間かけても食事介助に入りました。

時には、朝昼晩。おやつも含めて。

試行錯誤しながら全量摂取を続けられたころ、褥瘡はだんだん小さくなっていって。それ自体は施設長にも認められて。

ご本人も少しずつ元気を取り戻しました。以前よりも覚醒して、動くようになりました。

会話もたくさんできるようになりました。私の恋愛相談まで乗ってくれて…笑笑

ご家族も喜ばれて。ああ、死に物狂いで管理栄養士の勉強して国家資格の受験に合格してよかったと思いました。その時は。

 

けれどご本人は認知症で、褥瘡が治るにつれて動きも活発になりました。結果、事故防止も兼ねて、お薬を増やされて…。

当然、褥瘡は再び悪化しました。よくなっていたのに。ご家族も喜ばれていたのに。元気になれば動く。動けば薬が増やされる。廃人になる。あー、そういう風になっているんだ。そういう世界なんだと気づいたら。

じゃあ、私がしたことはなんだったのか?苦痛を長びかせただけじゃないか。ご家族の期待を、無闇に抱かせただけじゃないか。それって、あんまりにもあんまりだ。ひどすぎる。

なんだこれ。なんなんだ、これ。私は何をしたくて、何をしたんだろう?苦しめただけなの?骨まで見えて…こんなに辛くて、ああ、痛いだろうに。こんなに痛くて。痛くて。

でも私は、心からその方に少しでも良くなって欲しかったんだ…私のせいなのだろうか。

 

元気になった(ちょっと動けるようになった)、その結末が精神薬の薬の増量中だったなんて。精神病院への入院だなんて。ご家族にしたら、ぬか喜びだったなんて。

ひどすぎる。私がしたことは酷すぎる、ぜんぶこの方を苦しめる期間を長引かせただけ???

 

「ああ、そうか。管理栄養士なんて名ばかりで、できることなんて体重測定して栄養ケア印刷しておやつレクを提案することぐらい。結局は介護の都合やお薬でコントロールされるのに、さまざまな苦痛を長引かせるだけなのでは」

 

と思ったら、もう、どうにも悲しくて虚しくて。私は一生あの方を忘れません。私は結局、あの方の人生の何をどうしたんだろう。ごめんなさい。本当に、本当に。

私は何か、あの方にとんでもない苦痛を与えてしまったんじゃないか。

思い返すたびに後悔や、苦しさや、虚しさやらが、心臓のあたりを締め付けます。私はどんなにひどいことをしたんだろう。辛かっただろうか、本人もご家族も、虚しかっただろうか。考えるたびに、間違っていたのはなんなのか、わけがわかりません。認めたくないだけかもしれません。

 

現場によってはそんなこともないんだろうと思います。でもできれば、もう二度とあんな苦しい、悲しい思いをしたくないんです。

私は管理栄養士を捨てました。みなさん「管理栄養士をもってる介護士なんて!」みたいに言いますけど、私にしたら「介護士のついでについてくるただそれだけの無力であんまりにも虚しい資格」だと、今は思います。

思い返せば、色んな想い(辛かった実務経験取りながらの管理栄養士の国家資格受験勉強…)もありますけれど、後悔なんてしていませんし、きっとこれからもしません。

 

介護の現場で苦しむ方を少しでも安楽安全にさせてあげたい。

介護に対する私の途方も無い無力さをどうにかしたい。

その人の苦痛を長引かせないようにしたい。

 

そうして私はここにいます。

「管理栄養士がもったいない」という人は、一体何がもったいないといっているのですか。あんなに無力で、骨を晒された褥瘡の前に、何もできなかった私。悔しい。

 

これからも、己の無力さを呪う時がくるかもしれない。でも今は「管理栄養士」という孤独な一人じゃない。

まだ「(あって然るべきと思ってしまう)他人の善意」に甘えてるところが多いけど。

 

私はがんばるよ。

 

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