今日も「ごちそうさま」を言いたい

摂食障害・過食嘔吐歴6年、MEC食と出会う。

過食嘔吐の私と、生涯後悔すること。

私は大学生の頃からの摂食障害です。過食嘔吐です。食べて吐くという生命を裏切るような、どうしようもない底辺をうごめきながら生きています。親や数人の限られた友人にどうにか生きることを許されたから、だからどうにか生きています。

食べて吐くことに何よりも幸福を感じていました。脳を強引に揺さぶられるような…身震いを禁じ得ないような壮絶な快感です。言葉にもできません、きっと麻薬というものはこんな感じなんだろうと思うほどの恍惚と幸福を、そしてそれに見合う絶望を過食嘔吐から得ていました。

最初は指一本から無我夢中で喉につっこみました。それが親指以外の4本になり、いつしかチューブを飲み込み胃の内容物をサイフォン式で流し出すという、おぞましい行為に手を出しました。私はその時、たしかに自分の意思で「社会的な人間」を辞めました。過食嘔吐のために人間をやめよう、と思ってやめたのです。社会的生き物であることよりも、食べて吐くだけの化け物のほうが刹那的に楽しくて仕方がなかったのです。

私は人間であることよりも、過食嘔吐に染まることの僅かな恍惚に身を委ねました。まことに、本当に、心から愚かしいことです。

 

得られた至福?そんなもの、単なるまやかしです。馬鹿じゃないの?なんなの?その時に事故でも何でもいいから死んでればよかったんじゃないの?と今でも思い返します。

私はもう、どうにも戻れないところに放り出されていました。無防備に。無秩序に。

隣には過食嘔吐が常に佇んで、絶望しかない人生。生きるって、人生って、戻ることはできなくて。後悔したって、たった一回なのに…。

 

私は首でもつって死のうと思いました。そう覚悟して身辺整理、断捨離をしました。

大切なものを、何もかも手放しました…せめて火葬代になるだけの金額を得るために。わずかなお金すら、過食嘔吐に費やして、つねに貯金はゼロでした。

陶酔するほど大好きだったアーティストのCDやファンクラブ限定のプレミアムグッズ。それから…それから、それから。自分の命ぐらい大切だった球体関節のドールたち。

 

とくに球体関節のドールを手放したことは一生涯忘れない出来事になりました。私は一生後悔するでしょう。悲しくて悲しくて、悲しくて、ひどく悲しくて、言葉にできません。

そのことを思うたびに、死ななかった私を呪いたくなります。死ぬために手放したのに死んでないなんて許されない。なんで死んでないの、のうのうと生きているの。あんなに愛していた子達を売り払ってまで。よくもまあ、生きられるね?

ドールの買取に来たお兄さんに「この子はこういう設定で作ったんです。オーダーメイドなんです。だから生まれて来たんです」と泣きながらに語って。それに値段をつけられるという行為に吐き気がしました。誰だって子供を売るなんて嫌でしょう。オーダーメイドだろうがプレミアムだろうが抽選だろうが有名なメイクアーティスさんのワンオフだろうが、愛した子供達に差異があるなんて。

私はそれをやったんです。ああ、本当に馬鹿なことをしました。悔しい。苦しい。死ななかった今、思い返せば一生の後悔になります。もう二度と会えない。私なんて死ねば良いのに。

私が二人いたら、憎しみのままに首をしめて殺すでしょう。それぐらい愚かなことでした。

 

ごめんね。

私はあんまり良いオーナーではなかったよね。放置していた時間も多かったね。

花見にも京都旅行にも連れて行って沢山思い出を作ったね。震災の時は親や妹よりもその身を案じていたし、この世でただ一人のあなたたちがとにかく愛おしかった。嘘じゃない、嘘じゃないよ。

本当だよ。本当なんだよ。子供と同じくらいだったよ。愛していたんだ。愛していたんだ。

それを、手放した私のことは、殺したいほど大嫌いだ。死ね、と今でも思う。だってもう、手放したら二度と会えないんだ。馬鹿じゃないの。葬儀代なんて。死んでもいないくせに。

 

憧れ続けて5年越し、ようやくオーダーメイドで私のところにきてくれた唯一無二の、わたしだけのドールたち。

抽選で招待されたパーティーで、思い描いた通りのメイクできてくれた唯一無二の子。わたしだけの。私の子。

プレミアムな抽選だけど、お店で見た時「この子は私の子になる!」って直感して、その通りに私のところにきてくれた唯一無二の子。わたしだけの…。

みんな、みんな、みんな、みんな…私だけのために生まれてきてくれたのに。私の子だったのに。

 

あぁ、ごめんねえ。ごめんね、ごめんね。ごめんねぇえ。だめなオーナーでごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。許さないで、誰も許さないで。許さないでね。責めてよ。私を責めて。

もう二度と会えないんだ。最初は私だけのために生まれてきてくれたのに。わずか12万円になってしまったよ。こんなクズたった一人を直葬できる程度の金額。その程度の。

お金に変えられないはずのあなたたちが、たったの、ほんの、たったの12万円。馬鹿みたいだ。愚かすぎる、馬鹿すぎる、死ねば良いのに。いや死ぬはずだったのに、私はおめおめと生きている。死ぬって怖い。壮絶に怖い。

 

私は死ぬから、せめて次は良いオーナーに恵まれますようにって思っていたけど。生きている今は全然そんなこと思わない。思えないの、思いたくないの。消失がこんなに悲しくて虚しいの。

どうして失ってしまったの?

どうして手放してしまったの?

過食嘔吐のせいで。過食嘔吐に染まった私のせいで。私は私の一番大切なものを失った。お金のためだけに…。

あのね。いつか子供ができたら、大切にしてね、と譲りたかったの。私の人生の、本当に輝いていた部分に、いつもいてくれた存在を…私は……ただ死ぬために。過食嘔吐のためだけに。ああ…。なんてことをしてしまったんだろう。

 

なんてことをしてしまったんだろう。

 

 

撮りためたドールの写真は遺影のように、わたしをむしばみ続けて止まらない。

 

理解されなくていい。誰だって、他人にはわからない、大切なものがあるはずだ。それを手放す人は、きっと、そう多くはないだろうけれど。

 

私は、その日。身を裂く想いでしたけど、「仕方ない」と切り捨てる他ありませんでした。

たくさんの薬をめちゃくちゃに飲んで、最期に良いお酒をあおって、最後に底辺のクズらしく恨み言でも告げて、首を吊ってしまおう。

 

そうして……

 

結果として私は助かりました。家族は、こんなクズで大変で生きる価値のない私を失うことを悲しみとして捉えました。私なんかを。

だから私は、おめおめと今を意地汚く生きています。

助かったから、死ぬのが怖くなった。苦しいのも痛いのも本当は嫌だ。情けないほど脆弱で愚かな私を、それまでも死ぬほど嫌いだった私を、私はどうしようもなく嫌いになった。

私が生きているということは、過食嘔吐も私と共に生きているということ。ドールを売ったことを一生後悔し続けること。もう二度と会えないんだ。オーダーメイドの、私のためだけに生まれてきてくれた、私だけの特別だった。

そうして、私は過食嘔吐に生かされて、過食嘔吐のために生きていました。

 

今でも後悔しています。一生後悔するでしょう。その後悔は絶対に癒されることはなくて、むしろ、日に日に私を蝕むのです。私が幸福になればなるほど。

 

私は…私は過食嘔吐のせいで多くを喪いました。仕事、信頼、友達、未来…私の大切な存在。

悲しいです。つらいです。思い出すたびに心がバラバラになって、喉を絞められて、脳幹や脊髄を引きちぎられる思いになります。力任せに四肢をバラバラにされる気持ちになります。

 

過食嘔吐はドン底を寄り添ってくれる反面、大切なものを根こそぎ奪っていきました。

我が子を自分で値段を付けて売りつける母が何処にいますか?それをやってのけるクズなんです。わたしは。過食嘔吐のわたしは。

一生の後悔を背負って、失ってしまった大切なものの面影を追って、それでも意地汚く生きているんです。あんまりにもあんまりだ。

 

私は幸福を感じてはいけないんじゃないか?

私は夢とか希望とかを追いかけてはいけないんじゃないか?

だって我が子同然のドールを、あんなに泣きながら金に変えるクズなんだから。

心底不安が付きまとうのです。

 

摂食障害がこの世からなくなってほしい。私だって、そんな病気になりたくなかったよ。手放したくなかった。大切なものを大切だと思える世界に生きたかった。

 

ごめんなさい。

 

今、どうしてるのかなあ。

 

考えると、もう、悔しくて悲しくて、みじめで。苦しいよ。ごめんなさい。

 

大切なものを失う前に、過食嘔吐をやめればよかったのにね。死ぬつもりだったなら死ねばいいのに。でも、やっぱり、生きている。

 

過食嘔吐を治したい。もう嫌だ。ぜんぶなくなっちゃう。私は私の人生を取り戻したい。今日も「ごちそうさま」が言えますように。

 

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